
文・写真 Toshiki Minamiguchi

この年になっても、クワガタムシを見ると、実物であれ、図鑑の写真であれ、どきっとしてしまう。
それは苦手だからではなく、かっこいいと思うからである。
もっと正確に言えば、こどもの頃に、かっこいいと思っていた。朝、昼、晩、クワガタムシのつかまえ方や生息ポイントのことを考えていたくらいだったので、林でクワガタムシを見つけた時の歓喜の気持ちが、ある意味、トラウマ(?)のようなものになってしまってるのかも。
条件反射的に、クワガタ、かっこいい、どきっとしてしまうわけだ。
ファーブルの近くに某会社のプラントがある。これが、また、かっこいい。
まえを通るたびに、つい見上げてしまう。どきっ、まではいかないにしても、いつも気になってだれかに言いたいと思っていた。
デザインを考慮してこのようなプラントを建設したとは考えがたいし、ましてや景観などに配慮しているわけではないだろう。ここで生産するもののために、こうなったのだろう。
しかし、このように、個人レベルで、かっこいいなあ、と思えるものはけっこうある。
それは私だけではなく、だれしも、個人レベルで持っていることだろう。
ほんと、ただのつまらないものでも、シチュエーションが変われば、とんでもなくかっこいいものになることがある。
「創造されたもの」と「見るもの」との接点、そこは、なにものかがひそむ領域だ。そこは、だれにでも門戸を開いている自由を感じる場、感性のサンクチュアリだ。
とか言ったりして。これは、日本で昔から言うところの、見立てともいえよう。
Right, there is nothing. #6 2009.5.30
