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column

ライト、ゼア イズ ナッシング
                     文・写真 Toshiki Minamiguchi
Right, there is nothing. #14 photo

 写真をたくさん撮る人でも、自分は撮られるのは苦手だという人もいる。
 もちろん、撮られるのは好きだけど、自分はあまり撮らないという人もいる。
 人それぞれだと思うけど、私の場合は、撮ることもおそらく人並みもしくはそれ以下で、撮られるのも率先して写真にうつりに行くようなことはあまりない。
 でも、本当は、写真にうつりたいと思っているのではないかと思う。最近、カメラを向けられると顔をそむけることの方が多いように思うのだけど、本心は違うのではないかと自分を疑っていたりする。
 他の人は、どうなんだろうか。学生のときなど、すぐにカメラの前へ前へと出ていたのに、今は後ろへ後ろへとかくれている人はいないだろうか。
 いない。そうですか。
 カメラは、写真を撮るためにあるので、まさか自分が撮影されるなんてことは考えもしないだろう。でも、今にはじまったことじゃないけど、もう、そんな時代じゃないのだよ、と、カメラに言いたい。
 あなたは撮影するだけの機械ではありません。もちろん、すばらしい機能を持っているのですが、それと同じくらいにすばらしいインテリアとしての才能をお持ちなのですよ。
 だから、部屋に飾られたりして風景として写真におさまることだってあるだろうし、と、なると、真正面からポートレートのように撮影されることだってあるかもしれない。
 あ、ちょっと、待てよ。カメラって、製品カタログの段階で写真を撮られまくってるじゃないか。と、今、気づいてしまった。しかも、あらゆる角度から、内部までさらけだして、プロフィールもぎっしりと紹介されて。
 ただ、カタログはまだカメラが人の手に渡る前なので、目的としてカメラとしての機能をセールスしているわけなので、ここでは、カメラが売れてからの話として考えよう。
 とにもかくにも、カメラをカメラで撮影しました。さあ、この後、このカメラさんはどのようなカメラとしてのアイデンティティーを提示してくれるのでしょう。つぎは、このポラロイドでそのことについて考えてみたいと思う。


Right, there is nothing. #14  2009.7.27

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