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column

ライト、ゼア イズ ナッシング
                     文・写真 Toshiki Minamiguchi
Right, there is nothing. #25 photo

 オロナインH軟膏。
 この「オロナイン」を患部にぬるときに、「オロナミン」ぬるわぁ、と、つぶやくと(ツイッターではなく)、関西のひとはたいてい、ここでは女性の話にすると、「オロナミンちゃうって、オロナインやぁ」と力のぬけたツッコミが入るのだけど、関西以外のひと、ここでは女性の話にすると、たいていは「えっ、いまなんて言ったの、もう一度、言ってみて」みたいな返しがくる。あ、きめつけはいけませんよね。たとえば、の話です。僕には、そんなふうに、思えます。あ、あくまで主観で。
  そんな話を書こうとしていたのではなく、じつは、ひとを感動させるとか、泣かせるとか、笑わせるのって、そんなにたいしたことじゃないのでは、ということなのです。えっ!
  あ、またとんでもない誤解を書いているとか、バカな、と思われていると思いますけど。
  すこし極端な書き方になりましたが、もちろん、感動させたり、泣かせたり、笑わせたりは高度なテクニックが必要となりますが、ある程度は、このテクニックなんですね、と言いたいのです。あ、またおこられそう、だ。
 あくまで極端な書き方なので。ご理解ください。僕は、感動させたり、泣かせたり、笑わせたりするというコミュニケーション、こちらからあちらへとどけるフォームよりも、じつは、こちらでなにがあっても鎮座している"なにもの"かの方が、つまり、最後は、この"なにもの"かの差がクリエイターの差なんじゃないかと思うわけなのです。
  コミュニケーション(感動させたり、泣かせたり、笑わせたり、、)のテクニックを磨き、こちらからあちらへの心配り、あちらの気持ちをおもんぱかることの修行を経たうえでの決戦は、ここなのではないか、と。
  便宜上、その"なにもの"かを「オロナイン」ということにするけど、この「オロナイン」の純度の差、いいかえれば、「オロナイン」がなければ、これクリエイターの話ですけど、やはり、やってけないのではなかろうかと、レベルの高いところでは。と、そう、思うのです。
  コミュニケーションのぶぶんでは、あれとかこれとか、いろいろな手法をためしたりすることで上達してゆき、そのほうが前向きな姿勢なのだろうけど、「オロナイン」はどう死ぬまで自分に素直にうそをつかずに表現に取り組むかだと思うんだ。そこそこをねらうのなら関係ないかもしれないけど、ハイレベルをねらうなら「オロナイン」をいつも持っていないと。
  で、この「オロナイン」って、なんだろうか、と考えたのですが。いいのが思い浮かばない。よく耳にする言いかただと、人間力とか、味とか、個性、キャラクターなのだろうか。効果的なプロモーションをかんがえるとキャラづくりは大事だけど、キャラがあるうえでも、最後は「オロナイン」なんだと、そう、思うんだ。いいかたは、べつに「オロナミン」でもいいのだけど。


Right, there is nothing. #25  2011.1.29

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